長 和重

長がえいもんで講師を続ける理由

Episode
  1. 「自分は英語に向いてない」と諦めた大学時代

    私は石川県の白山市(旧松任市)で生まれ、高校卒業までそこで過ごし、関西外国語大学英米語学科へと進学しました。英語は中学・高校と得意教科でしたが、大学では一気に劣等生です。リスニングが大の苦手でした。特にネイティブによる英語だけの授業についていくことができず、2年生になる頃にはすっかり自信をなくしてしまいました。その後は、英語学習に意欲をなくし、ひたすら、部活動(クラシックギター部)に打ち込む毎日でした。
    就職先を決める際、ギター部での指導経験から、人に教えることに興味を持ち、塾業界を希望しましたが、望むような結果を得ることはできませんでした。すっかりやる気をなくした私は、たいした動機もなく新潟県を拠点にするスーパーマーケットに就職することになります。

  2. 7年間をスーパーマーケットで過ごしたのち、、、

    スーパーマーケットでは精肉部門を担当し、最終的には精肉部門のチーフになりました(今でも肉の目利きには自信を持っています!)。部門でのチーフを経験すると、次は「店長」や「バイヤー(買付人)」へ昇格するのが一般的でしたが、私はその役職にはあまり興味をもてず、このままで良いのか悩むことが増えました。そんな折、大学のギター部で親友だった同級生のN君と語り合う機会がありました。聞けば、彼は大学卒業後3年間、カナダ、アメリカに留学し修士を取得。現在は大学講師をしているとのこと。正直、彼のキャリアは私の憧れでしたが、手が届かない憧れだと、ほぼ諦めていました。しかし彼に「本当にやりたいことなら、今からでも遅くないじゃん」と強く背中を押されたことで、くすぶっていた心に火が付き、留学を決意することになります。29歳の時です。

  3. 背水の陣で臨んだ、留学

    「留学する!」と決めたときに、仕事を辞め退路を断ちました。とにかく1年間、あらゆる時間を利用して、リスニングの強化と読解力の強化に努めました。それに加え、多くの指導者向けの勉強会にも参加し、恩師のT先生にも出会うことができました。そして、2004年の1月、ジョージア州立大学応用言語学部への修士留学が決まりました。
    留学時代は、息抜きのメジャーリーグ観戦を除けば、ひたすら勉強です。大量の課題と論文作成に追われ32時間連続で起きていたこともあります。
    また課題と論文に加え、週に3回、アメリカの大学生30人に日本語を教え、学会発表も行いました。嵐のような2年間でしたが、この修士課程を無事に終えたことで、精神的にかなり強くなり、自信をもって日本に帰国しました。

  4. 英語講師としての第2の人生スタート

    「帰国したら、大学で教える!」。これが最初の目標でした。しかし、大学講師の職を得るのはそう甘くはありません。ですが、恩師のT先生の推薦によりある大学から非常勤講師としてのオファーをいただきました。そこから、私の英語講師としての第2の人生が始まりました。
    それ以来、「生徒一人ひとりに寄り添うこと」を信条に日々、授業を行ってきました。また、私自身が英語に苦しんできた経験を生かし、英語嫌い、苦手な生徒が楽しみながら英語を学べるよう日々工夫しています。
    現在は、5つの大学でお仕事をいただき、出版の仕事も入るようになりました。この仕事の醍醐味は、生徒の成長を間近で見られることです。一筋縄ではいかない生徒もいますが、そんな生徒ほど可愛いものです。教え子の一人は半年でTOEICのスコアを300点以上の伸ばし、アイルランドへの交換留学を実現しました。現在は大手機械メーカーの海外営業部で働いているとのこと。大学を卒業した後も生徒が連絡をくれるのは講師冥利に尽きます。

  5. 武藤先生との出会い

    武藤先生に初めてお会いしたのは2014年8月のTOEICセミナー(高崎経済大学)です。毎日お昼をご一緒しましたが、セミナー期間中も群馬と都内を行き来し、その合間にタップダンス、夜は飲み会!と、仕事とプライベートどちらも全力の武藤先生はちょっとぶっ飛んでいると思いました。
    それから1カ月後に武藤先生からお酒の誘いをいただきました。翌日友人の結婚式だったので控えめにしておくつもりが、気がつけば朝2時まで飲んでいました(笑)(結婚式では二日酔いの頭痛+吐き気と戦いながら全力で祝福しました!)
    その1か月後再度一緒にお酒を飲み、えいもんでの講師を打診され、快諾!(この時も飲みすぎて、結局終電を逃しました!)その後、英語指導者向けセミナー、TOEICクラスの担当を経て、現在は中学部を担当しています。

  6. これからに向けて

    親友N君、恩師T先生、そして武藤先生とのご縁で今の私があります。これからも生徒に寄り添い、生徒の成長を間近で感じながら自分自身も大きく成長していきたいと思っています。