武藤 一也

英語専門塾えいもんを開くまで

Episode
  1. 18歳の時に塾講師と家庭教師のバイトをスタート

    私は、群馬県高崎市で生まれ、父は設備業で母は専業主婦でした。英語教育に特に熱心な家庭ではなく、英語に触れる機会は年に数日、地元の公民館で開催されていた英語教室くらいでした。
    小学5年生の時に地元の小さな塾に通い始めました。とても雰囲気が良く楽しい塾で、今思うとそれが、私が塾業界で働く原点かもしれません。
    大学に入ると、時給が高そう+面白そうという安易な理由で、塾講師と家庭教師のバイトを始めました。実は、スタート時は数学と国語を教えていました。

  2. 19歳の時に留学

    19歳から約1年間オーストラリアシドニーのMacquarie大学へ留学しました。オーストラリア人の英語が分からない+ホームシックで最初の2か月で7kg痩せ、人生で一番肌が荒れました(涙)。留学時代はひたすら勉強でした。留学自体はとても大変でしたが、この時の経験が英語講師としての土台をつくっていると思います。帰国後は、留学の経験を生かし、指導科目を英語に変え、塾と家庭教師でバイト三昧でした。

  3. 不合格の生徒

    帰国後、塾と家庭教師に加え、本屋、コンビニ、飲食店など色々なバイトを掛け持ちしていました。また、大学でもTOEICサークルを作り、同級生相手に教えていました。毎日、忙しく充実した日々でしたが、一方でただ仕事をこなしているような感じもしていました。そんな矢先、家庭教師で受け持っていた生徒が志望校に不合格になるという出来事がありました。不合格が決まった後、その家庭を訪問した時の生徒の潤んだ目は今でも忘れられません。その目を見ながら、自分に問いかけたのは「自分はこの生徒のためにベストを尽くせたのか」ということでした。思い返すと、日々の忙しさにかまけ、無意識な手抜きがあったかもしれませんし、大学入試を軽く考えていたかもしれません。深く反省しました。生徒からは浪人中も指導をお願いされ、私は引き受けましたが、時給をもらわずに指導することにしました。翌年その生徒は第一志望に合格してくれました。

  4. 一般企業へ就職

    塾・予備校業界に魅力を感じていたものの、別の業界で社会人としての経験を積もうと、新卒では一般企業を選びました。縁あって、化粧品メーカーに営業マンとして就職しました。営業マン時代は、上司にとても恵まれ、日々色々なことを学びました。特に印象に残っている言葉は「すぐに取り出せない資料はゴミと同じだ」です。えいもんでは、全ての生徒に授業プリントを整理するファイルを配布しますが、それはサラリーマン時代に言われたこの言葉からきています。

  5. 営業を1年で辞め、塾・予備校業界へ

    営業マンとして充実した日々を送っていましたが、同時に、日々悶々ともしていました。教える仕事をしたいと思っている自分がいたからです。自分の気持ちに素直になろうと1年で化粧品メーカーを辞める決断をしました。その際、「1年で辞めると次の就職が大変」「英語業界で食べていくのは大変」等々反対されもしましたが、自身でやりたいことをやれるだけやってみようと思い、会社を辞める決断をしました。ちなみに、両親には会社を辞めたことは事後報告しました(相談したら反対されるだろうし、心配させると思ったので)。

  6. 高崎の塾と英会話学校で教え始める

    営業マンを辞めてからは、地元高崎の英会話学校と学習塾の教室を間借りする形で教え始めました。教室を間借りし、塾・教室運営のノウハウを教えてもらいながら、テキストの作成、経営、生徒・保護者対応、集客(ビラ配りなど)を自分で行っていました。英会話学校は最初1人、学習塾は4人でしたが、目の前の生徒を大切にすることをモットーに日々試行錯誤しながら教えていました。

  7. 苦悩の日々

    地元高崎で教えて1年経った頃、高崎で教えているだけでは井の中の蛙になる考え、都内でも教えることに決めました。都内の中堅予備校で採用され、吉祥寺と自由が丘で教え始めました。吉祥寺と自由が丘という地名だけでテンションが上がっていましたが、都内の生徒の雰囲気や、担当する生徒のレベルの違いに戸惑い、授業アンケートも思っていたより低く、授業をしたくないと思う日もありました。また、「都内の予備校講師と高崎の塾講師の二足のわらじは無理だ」と言われたこともありましたが、予備校講師+塾講師を両立することが自分の個性になると思いましたし、この一連の出来事を機に、どうやったら生徒の成績を上げられるのか、どうやったら生徒の心に響くのかを初めて真剣に考え始めました。

  8. 頭を下げる生徒の親

    大手予備校で講師をしているだけでは、生徒の両親と面談する機会はまずありません。ですが、私は地元の塾で、生徒や保護者対応もしていたので(現在もしていますよ!)。ご父兄と面談をする機会も多々ありました。面談の最後には、私よりも年齢が上で、人生経験もあるご父兄が「よろしくお願いします」と頭を下げていかれます。その姿を見たときに、「大切なお子様をお預かりしている」ということを実感し、毎回、身が引き締まる思いがします。私たち講師は生徒のみならず、ご父兄からの期待にも応えなければいけないと思っています。

  9. えいもん設立~現在

    高崎市内の英会話学校と塾を間借りしながら、都内の大手予備校に出講し、経験を積んだのち、2014年冬にえいもんをオープンしました。また2016年からは長和重先生を迎え、中学部を開講しました。中学生と高校生に英語を正しく、楽しく学んでもらい、英語を得意科目にしてもらえるよう、日々試行錯誤しながら、生徒に寄り添いながら進んでいきたいと思っています。